クチナシの夢

生温かい風に甘い香(かおり)が混じっていた
風の来た方を辿ってみれば
クチナシの花が静かに色づいていた

真っ白で無垢なその色は
近づくと強すぎるほど甘美な香を放ち
幸せな夢の続きを見ている錯覚に陥るの
	
少し前の夢を思い出す
あなたの表情と声色はこの香のように
柔らかく 甘く 胸いっぱいに染み込んで
あなたの纏う空気は優しすぎるほどで
私をじわじわと追い詰めていく
とても幸せでいて
とても悲しい夢
あなたはもう傍に居ないのに…
そんな風に近づいて来ないで

でも 夢の私も 夢を見ている私も
続きを期待しているの
こんなことは起こる筈がないのに
馬鹿らしいと一方では思いながら
あなたを見つめてしまう

気配は本物のように
あなたが私の顔に息がかかるまで近づいて
目線があったら
もうおしまい
導かれるままに目を瞑って

ふっと甘い香
一瞬触れたか触れないかというところで
夢は途切れ途切れ
白い靄が広がって 何かに促されるように目を開ければ
現実が待っていた

何時になったら私はあなたから離れることができるのだろう
何時までも縋る自分を情けなく思いながら
それでも縋ることしかできない

ねえ、クチナシの花
あなたは何を想ってそんなに甘い香を放っているの?
ねえ、夢のあなた
幸せはくれなくていいから 決別できる心を私に与えて…


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